大体大先生リレーコラム「本物を学ぼう」 第41回「年齢を重ねても競う楽しさを ― マスターズスポーツから考える日本の現状 ―」

筆者:中山健(スポーツ科学部教授)

1.スポーツ社会学から見る中高齢者の競技志向スポーツ
 スポーツ社会学は、スポーツを社会現象として捉え、スポーツと文化、政治、経済、教育などとの関連を説明したり、批判的に検討したりします。つまり、これまで当たり前と思われてきたスポーツ現象を、“本当にそうかな?”と問い直すことで、社会におけるスポーツの新たな価値を見いだしていく研究領域と考えることができます。
 突然ですが、皆さんは中高齢者の運動?スポーツと尋ねられたらどのようなスポーツをイメージするでしょうか?私が高校生時代や大学生時代を過ごした1990年代当時は中高齢者のスポーツの代名詞と言えば、競技系ではゲートボールやグランウドゴルフ、健康系ではウォーキング、散歩や軽体操でした。しかしながら近年では、中高齢者のスポーツ愛好家の中でも、これまでは若者が実施する競技スポーツとして認識されてきた種目を、競技志向で実践する人々が注目されるようになってきています。本コラムでは、スポーツ社会学の研究テーマのひとつでもある中高齢者の競技志向でのスポーツ実践とその性差について考えることで、スポーツの新たな価値を考えてみたいと思います。

2.日本のマスターズスポーツの現状と性差
 中高齢者の競技志向スポーツはマスターズスポーツと呼ばれます。マスターズスポーツは、「過去や現在のスポーツキャリアにとらわれず、成人?中高齢者の個々人が、自己のスポーツ意欲や技術の向上、競技する楽しみ方を成熟?熟達化させていこうとするスポーツライフ」と定義できます(長ヶ原,2007)。
 日本国内では、公益財団法人日本スポーツ協会が主催する総合スポーツ大会として『日本スポーツマスターズ』(原則35歳以上であるが、競技毎に出場可能年齢が定められている)が2001年に宮崎県で開催されて以来、競技志向の高いシニア世代のスポーツ愛好者の受け皿として四半世紀に迫る歴史を刻んできました。この大会には40歳台から50歳台の参加者の多いことが報告されています。競技種目数は、2001年宮崎大会の12種目からはじまり、競技種目の追加および入れ替えをしながら13種目で推移してきました。その参加者数は5000人台からはじまりコロナ禍前の2019年大会では8000人台まで参加者数を増やしてきました。平均では7200人弱の参加者数です。その中で男女比を比較してみると女性参加者数は平均約2400人、男性参加者の平均約4800人の約半数で推移してきました(表1参照)。
表1
 次に、60歳以上の男女が主な参加者である全国健康福祉祭を高齢者のマスターズスポーツ大会として位置づけ、その参加人数を確認してみましょう。同大会は、通称『ねんりんピック』として1988年に厚生省創立50周年を記念して開催され、現在では、厚生労働省、開催地および一般財団法人長寿社会開発センターを主催者として毎年開催されています。この大会は、高齢者の幅広い参加や楽しさに重点をおいた「スポーツ交流大会」と開催都道府県の特徴を取り入れた「ふれあいスポーツ交流大会」を中心として実施されています。また、世代間交流事業なども行われるなど、幅広く参加者を集めてきました。ここでは、「スポーツ交流大会」と「ふれあいスポーツ交流大会」の参加者数を男女別で確認できる2004年大会まで遡り確認してみます。競技種目は開催地によって異なるものの25種目前後で推移してきました。このことからもマスターズスポーツ実践者の交流の場として同大会が継続的に開催されている意義は大きいといえます。平均すると約9200人の参加者数であり、おおむねその3割が女性参加者でした(表2参照)。
表2
3.競技スポーツと社会のこれから
 『日本スポーツマスターズ』と『ねんりんピック』との両大会において、女性の参加者数が少ない実態が浮かび上がってきます。競技スポーツ場面における男女の参加率に関しては、オリンピック競技会への出場選手の男女比率が参考となります。男女共同参画白書平成30年版によると、日本選手代表団に占める女性選手の割合は、夏季大会では、2008年北京大会49.9%、2012年ロンドン大会53.2%、2016年リオ大会48.5%でした。2020東京大会では、それは47.5%であり、おおむね同率で推移してきました。トップアスリートの状況と比較すると、中高齢者のスポーツ愛好家における競技スポーツ実施の現状は、まだまだ改善の余地がありそうです。
 本コラムの冒頭において、スポーツ社会学を学ぶ意義は、現在のスポーツ状況の説明や批判的分析を通して、社会における新たなスポーツのあり方を構想したり、提案したりすることにあると述べました。本コラムを通して、中高齢者における競技志向スポーツ実施者の性差を確認することができました。この現状を変えるきっかけともなり得るスポーツ愛好家の世界大会が開催されます。2027年5月に近畿圏を中心に開催される『ワールドマスターズゲームズ関西』では、競技志向の中高齢者が世界中から集いスポーツ交流します。この大会の参加者や観戦者または視聴者のスポーツへの価値意識を明らかにすることは、日本における中高齢者の競技志向スポーツ実施に関して新たな科学的根拠を提示することになります。スポーツ社会学を学ぶ意義のひとつと言えるでしょう。

【引用参考文献】
公益財団法人日本スポーツ協会
https://www.japan-sports.or.jp/masters/tabid196.html
一般財団法人長寿社会開発センター
https://nenrin.or.jp/ikigai/nenrin/record.html
長ヶ原誠(2007)ジェロントロジースポーツ総論.長ヶ原誠ほか著.ジェロントロジースポーツ―成熟人生を“好く”生きる人のためのスポーツライフ―.株式会社ジェロントロジースポーツ研究所:東京,pp.12-49.
BBC NEWS JAPAN(2021) 【東京五輪】 男女比はほぼ半々、それでも残る格差とは
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-58008028
男女共同参画白書平成30年版
https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/index.html

キーワード | 中高齢者 マスターズスポーツ  スポーツ価値意識

中山健教授
中山健(スポーツ科学部教授))
講義科目は『スポーツ社会学』と『マーケティング?リサーチ法』を担当。近年の研究テーマは、「中高齢者の身体活動?運動とジェンダーとの関連性」、「訪日外国人旅行者の武道ツーリズムの動機」、「オーストラリアのライフセービングクラブにおける文化資本の継承」。

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