大阪体育大学大学院で心理学博士号を取得した神戸学院大学客員教授の中村珍晴(たかはる)さんが、6月11日に母校を訪れ、スポーツ科学部の授業「スポーツ心理?カウンセリング実習」で、3年生に自身の体験談を交えて講演しました。

講演する中村さん
中村さんは天理大学1年生だった2007年9月、所属していたアメリカンフットボール部で初の公式戦に臨みました。前半戦が終わりなんとか後半で盛り返していこうと意気込むなか、相手選手に頭からぶつかった時、身体に大きな衝撃が走り、首から下が動かずそのまま病院に搬送されました。医師から「二度と歩けない」と宣告され希望を失った中村さんを支えたのは、兄? 珍輔(たかすけ)さんで、中村さんのため仕事を辞めて理学療法士になると宣言。中村さんは、兄の言葉に驚くと同時に、「自分はこのままではいけない」と気づかされたと言います。
その後、車いす生活になった珍輔さんのサポートを受けた中村さんは約2年のリハビリで着替えなどの日常動作ができるまで回復し、車いすで天理大学へ復学しました。大学でアメリカンフットボール部のヘッドコーチとして復帰後、「心」に興味を持った中村さんは大阪体育大学大学院へ進学しました。土屋裕睦教授の研究室に所属してスポーツ心理学を専攻し、スポーツ科学の博士号を取得。「人は大きな喪失のあとにどうしたら前を向くことができるのか」をテーマに、現在は神戸学院大学で教育?研究に携わりながら、講演やSNS、動画配信などを通じて自身の経験を社会に発信しています。
大阪体育大学の授業では、中村さんの体験談のあと、各テーマが出され学生が個人ワーク、グループワークで考える形式で進められました。
まず初めに、「議論」と「対話」の違いについて、学生たちに考える時間が与えられました。議論と対話ではそもそもの目的が違います。議論は「意見を出し合い、結論や答えを導く」もので、対話は「お互いを理解する」こと。中村さんはその違いを説明し、今日の講演は「対話」で進めていくことが確認されました。「強さとは何か?」のテーマでは、個人ワーク1分間、グループワーク8分間の時間が確保され学生はそれぞれの考えをまとめました。「心の強さ」-「身体の強さ」とともに、「弱い自分をさらけ出せることも強さになる」「自分と違う意見の相手を受け入れることも強さになる」などの意見が出されました。
中村さんは学生の意見を聞いて、自己を理解するために相手とたくさん話すこと、また、意見を言われた時に自分はどう感じるのか、同調するのか、違うと感じるのか、少しイラっとするのか、もしイラっとするならばそれはなぜなのかを考えてみることで、自分が大切にしていることが分かると説明しました。
次に「言葉の力」について事例が示されました。アメフトの学生日本一チームが、社会人日本一のチームに挑む前のミーティングの映像が流され、やる気を引き出す短くて前向きな励ましの言葉であるペップトークの効果について説明されました。一方で、中村さん自身が心無い言葉で深く傷ついた体験も話し、言葉は凶器にもなることも説明されました。
最後に「スポーツ現場で受け取った言葉の中で印象に残っているものは何か」のテーマでは、学生はポジティブな言葉をかけられたことや、厳しい言葉を言われて逆に奮起したことなどを発表しました。
中村さんは学生の意見に一言ずつ聞き入りながら、「ネガティブな言葉をかけられても奮起できる場合とそうではない場合がある、何が違うのか?」と学生に問いかけ、「相手との信頼関係次第で同じ言葉でも受け取り方が変わる」と説明しました。
学生にとって、言葉の力や言葉のかけ方の大切さを改めて深く考える機会となりました。
スポーツ心理?カウンセリングコース3年生が受講した
喪失体験(自分の大切なものを失う体験)から見つけた「新しい強さ」と「言葉の価値」
講演終了後、恩師の土屋裕睦教授とともに大学院生とも話す機会が設けられた中村さんにインタビューしました。
――中村さんの活動を記事で見て感じたが、お兄さんがそこまでできるのが凄いと感じた
大学時代に事故が起こった時、兄が毎週のように当時住んでいた愛知県から神戸市へお見舞いにきてくれました。最近、「なぜあれだけ自分のためにしてくれたのか」と話すことがありますが、兄に言わせると私の事だけでなく両親のことも心配で、家族のためにできることは何かを考えていたそうです。退院後の2年間も付きっきりで介助してくれて、その後は理学療法士になるため進学しました。自分にとって、辛さや悲しみを一緒に背負い、同じ方向を向いて歩んでくれたことがとても嬉しかったです。
――前向きになろうとして次の日には落ち込んでの繰り返しだったのでは
無意識に人前では常に明るく前向きに振舞っていましたが、皆が帰って一人になった時には一気に気分が沈むことが多かったです。
――大学に復学し心理学に興味を持って何故、大阪体育大学大学院だった
相談した天理大学の先生がスポーツ心理学の専門でした。その先生が勧めてくださり、実際に見学に連れてきてもらい、ここで学びたいと思いました。
――心理学を学ぶことで自分自身どう変わっていったか
様々な考え方や概念を知ることで、多様な視点から自分を見れるようになりました。特に研究テーマでもあった「心的外傷後成長(Post-traumatic Growth; PTG)」について、辛い出来事があってもそこから新しい人生を切り開いて行けるという概念が自分の支えになりました。
――大学院で学んだことで印象に残っていること
博士前期課程では荒木雅信教授(現?大阪体育大学名誉教授)に教わりましたが、初めての指導が「興味のある論文を100本読んで、表にまとめなさい」でした(笑)
何も分からないまま自力で論文を読んで理解し、最終的には65本の論文をまとめましたがその努力が研究への土台となりました。このお陰で研究への理解が深まり、博士後期課程では一つ一つの論文の面白みを感じられることができました。
――喪失体験に向き合うために「自身に生じる心の動きを知っておくこと」「悲しみを言葉にすること」「人の役に立つこと」の3つのポイントを挙げている
喪失体験では怒りや落ち込みなどが起きますが、その根本は悲しみから来ています。この悲しみをどう扱うかが喪失体験と向き合うとき大切になりますが、悲しみを言葉に出して誰かに聞いてもらうこと、その悲しみを受け入れて一緒に背負ってくれる人が必要です。私にとっては兄がそのような存在でした。そうすると自分の感情が整理できてきて、心に余裕が生まれ前を向くことができました。
――そうすることで「人の役に立つこと」に繋がるのか
そうですね、私自身、誰かに「ありがとう」と言う機会が多くなりましたが、逆に自分が誰かの役に立ち、「ありがとう」と言われる経験をすることで自分の存在価値や役割を実感できるようになりました。社会復帰する時に、「自分ができることは何か」を意識していてそれを積み重ねることで、自分の生き方が分かるようになってきました。
――講演の目的は「対話を通じて自己理解が深まる感覚を体験する」だが学生に何を伝えたいか
答えのない問いに向き合い、考え続けることの大切さを学生に体験してほしいと考えこのテーマにしました。自分と違う意見を持つ人とも対話し多様な視点を持つことで、人との関わり方が変わりますし、それが自分の人生を豊かにすることになると思っています。この講演で学生が考え続けることのきっかけになればと思います。
