筆者:壁谷一広(スポーツ科学部教授)
1.はじめに
2017年9月に、他の大学の先生2名と本学の長尾教授と一緒にアリゾナ州でアメリカの学習支援の実態を調査しました。7泊5日(機内泊含む)の日程で、大学2校(学習支援センター3カ所)とコミュニティ?カレッジ6校(学習支援センター6カ所)を訪問しました。調査の目的は、高等教育における学習支援先進国であるアメリカの効果的な取り組み、特にピアチューターの活動やトレーニングプログラムに関する情報収集でしたが、長尾教授と私は、学生アスリートを対象とする取り組みについても調査しました。
その中で特に印象に残ったのは、NCAAディビジョンⅠ所属校の取り組み内容とその規模、そしてアメリカの文武両道の考え方でした。NCAAの加盟校は、その競技レベルや競技数などによってディビジョンⅠ~Ⅲ(日本に当てはめた場合、一部リーグから三部リーグ)に分類され、特にディビジョンⅠ所属校にはNCAAからの分配金の大部分が流れるようになっています。ここで訪問した大学の一つであるアリゾナ州立大学の事例を紹介します。
2.NCAAが加盟大学に与えるインパクト
学習支援センター内はもちろん、学内のいたるところ(廊下、トレーニングルーム、食堂のナプキン?ホルダーまで)に学生の意識を喚起する標語が見られます。スポーツイベントの集客も多く、アメリカンフットボールとバスケットボールだけでも最大9万人ほどの観客を収容するため、チケットの売り上げもかなりの額に上ります。ディビジョンⅠの所属校からはプロに進む選手も多く、様々なスポーツの成績が大学の経営や学生募集にも大きな影響を与えています。
この影響がどのようなものかを理解する参考データとして、アリゾナ州立大学と同様の規模と考えられるミネソタ大学のスポーツ局の収支状況を以下に示します。
チケット販売や放映権料は、NCAAのディビジョンⅠ所属校であるために得られる金額であることを考慮すれば、NCAAの影響力がとても大きいことがわかります。このような状況があるため、ディビジョンⅠ所属校にとっては、NCAAに加盟していることは大学存続に多大な影響を与え得る問題であり、それぞれの大学のスポーツ局が法令遵守、スポーツ活動に関する規定や学業規定の遵守をしっかり管理しています。
3.スカラー?ボーラー(Scholar Baller)プログラム
カレッジスポーツに対するNCAAの立場は、“Students first,athletes second.”(学生が第一、アスリートが第二)です。つまり、学生アスリートはプロスポーツ選手ではないため、厳格な学業規定を設けています。そのため、加盟校では、主要チームの選手全員の1週間のすべてを管理するカルテを作成したり、監督?コーチを交えて練習プログラムを作成したりするなどして、学生がスポーツに全力で取り組む一方で、確実に学ぶための環境づくりを徹底させています。
その基盤となっているものが、ジョン?シンガー博士とハリー?エドワーズ博士が提唱している「Scholar Baller(スカラー?ボーラー)」という取り組みです。これは、「scholar(学者)」と「baller(主にバスケットボールのスラングで、アスリートを指す)」を組み合わせた表現で、スポーツを通じて学生アスリートの学業成績と生活技能の向上を支援する取り組みであり、教育と運動の両方に重点を置いています。
アリゾナ州立大学ではスカラー?ボーラーを以下のように定義しています。
「スカラー?ボーラーは、学業とスポーツの両立という挑戦を受け入れ、人生のあらゆる面で高いパフォーマンスを発揮することを誓う。この誓いは、秋学期、春学期、または累計で3.0以上のGPAを達成することで示され、ユニフォームの前に誇らしげに着けられるスカラー?ボーラー?シンクマンパッチで称えられる。」
アメリカにおいて、ディビジョンI所属校の学生アスリートに求められる条件を満たすには大変な努力が求められますが、それを果たすからこそ十分な奨学金を得て学生生活が保障され、プロスポーツ選手になる可能性も広がります。
日本においても、スポーツ庁が日本版NCAAと言えるUNIVASを発足させましたが、日本の大学のスポーツがアメリカのカレッジスポーツのようにビジネスとして確立されていないため、加盟大学に対する要求は強いものとなってはいません。UNIVAS加盟の組織の中には自発的に所属学生の最低取得単位数の条件を課している団体もありますが、今後大学スポーツが成長すれば、この条件も厳格化されることが予想されます。そのため、将来的には、学習支援体制をさらに充実させた上で、大阪体育大学版スカラー?ボーラー像の目標を設定し、学生たちの育成に取り組むことが必要になるかもしれません。
【参考文献】
相澤くるみ(2017)「NCAA所属大学におけるAthletic Departmentの財務」、諸外国のスポーツ情報、笹川スポーツ財団. https://www.ssf.or.jp/international/usa/20170831.html
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